寝台列車は櫛の歯が欠けるように廃止が相次いでいた。殆どにシャワーでもあるなどすれば状況は変わっていたはずであり、長距離列車やローカル路線を含め、JR再編と公共交通機関としての役割を再検討しないといけない。
長距離バスの安全性や信頼性が揺らいでおり、真剣に夜行列車存続を考えなければならなかったし、寝台車両新造分の免税でも考えてもいいかもしれないし、現在も復活希望の声がある。
郷愁溢れる列車の良さをもっと伝える必要があり、廃止直前にも存続希望の声が多かった。
新幹線でも寝台車を運転する計画があった。四国新幹線や中国横断新幹線の計画も含め、衝突を避けて夜間運行のため姫路の新幹線13番ホームを待避線に、待避駅として西明石と相生を新幹線停車駅にした。 大阪産業大学工学部の波床正敏氏や井上喜裕氏らは新幹線の夜行運行適用の可能性を環境負荷と発着時間帯の観点から検討し、発着時間帯の設定自由度が従来の夜行列車より高く有望という考えも。
昭和41年、山陽新幹線技術基準調査委員会報告では東京-博多間を一晩に計24本で運行したら片道平均5000-7000人の需要が見込め、夜間運行は片側一線を運用し、もう一方は保守点検して運行も、名古屋新幹線訴訟等、騒音問題が浮き彫りになったことや分割民営化で実現せず。
夜勤職員数や夜勤手当の削減等が成長を阻害し退化させ、内容が以前より悪くなり、運賃と特急料金、寝台料金の合算となる料金体系や分割民営化で各社が運行費に見合った収益を得られなくなったことや夜行バス速達化、座席や設備、乗り心地等の質的向上で対抗できなくなってもローカル線や路面電車とともに安易に夜行列車を廃止しすぎだ。
線路や駅舎、信号等の管理の必要性があるのも誤りで、上下分離方式やJR貨物に運用を任せることを分割民営化当初から行わなければいけなかった。
実態は週末辺りで満員に近い状態だったこともしばしばで、潜在需要も多かったのに商機を最大限生かし切れなかった。
これでは将来が惨めになるため、指定席のみで使えるようにするとか、急行や特急の快速格下げ等が必要だったが、今からでも遅くなく、郷愁溢れる列車の良さをもっと伝える必要がある。
JR九州の「ななつ星」のように観光寝台列車をJR東日本や西日本でも計画しているが、それよりも若者や庶民が移動の手段として使える夜行列車が必要。
以前なら各地で夜行列車が走っており、長距離旅行に重宝していたが、夜行列車もすっかり消えてしまって予定を組みづらくなった。
航空機や新幹線、高速バスにできない内容を多く取り入れることが必要で、従来の常識を打ち破る内容や輸送も可能で、ゆっくり旅が楽しめ、利用者減が続いていたとしてもスローライフ社会が到来しつつある時代だからこそニーズが高まっていた。
欧米では寝台列車が多数残り、旅を楽しむ人たちやバックパッカ-が大人気で、神奈川県や埼玉県、茨城県等各自治体では復活に向けての活動が必要。
寝台列車は画期的に輸送力や内容、利便性の向上が期待でき、面識ない人同士が互いに意思や感情、思考を伝達し合える。
分割民営化で下関や亀山では現在だと全旅客列車が分断されてしまったが、あと3年で30周年となるからJR同士の統合を考えてよく、統合されれば関東の車両を関西へ転用して有効利用や甲種輸送回数の削減ができ、運賃計算上から好都合。
在来線は東日本で新幹線は西日本が経営すればよく、西日本と九州の統合は経済効果もある。 自動改札普及等で係員が旅客に相対する場面自体が著しく減少したこともあるが、多様な企画乗車券が発売されても周遊券や周遊切符みたいに使用条件が厳しくなって国鉄時代より使いづらくなったものもあり、各社間の繋がりが薄れ、会社間跨りで不便に。
動力集中方式見直し論もある。車両増備費用が安く、編成が長ければ費用的に有利で、直流電化区間では12両以上、交流電化区間では10両以上、非電化区間では5両以上で客車や貨車当たりの有効積載量に優れ、車両整備に労力を要さず、車内での騒音や振動が少なく、客車に走行機器がないため柔軟に増結や減車ができ、2階建車導入や機関車交換で異なる電化方式の区間や非電化区間への乗り入れが容易で、機関車が先頭なら正面衝突時でも乗客被害を軽減できる。
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