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本日の「アド街」は鳩ヶ谷

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26日放送の「出没!アド街ック天国」は埼玉の鳩ヶ谷です。


http://www.tv-tokyo.co.jp/adomachi/


これまでは鳩ヶ谷市だったが、平成23年10月11日に川口市に編入合併され、川口市の一部に。鳩ヶ谷地区は埼玉高速線開通などでここ数年での経済発展や人口増加が著しい。江戸時代には日光御成街道の宿場町や市場町として発展。元々交通手段は東武や国際興業のバスしかなく、「陸の孤島」などと揶揄されてきた住民にとって埼玉高速線(東京地下鉄南北線や東急目黒線に直通し、鳩ヶ谷始発もあり)開通は長年の悲願だったが、逆に周辺町村と比べてやや開発が遅れていたため現在も宿場町や市場町の面影が残る。


埼玉高速線開業を機に人口は急激に増加し、大規模住宅や高層建築、大型複合商業施設が造られているが、これ以上再開発と称して昔ながらの町並みを壊し、高層建築の増加は避け、逆に老朽化と維持費増大を待って高層建築削減が必要。ヒートアイランド現象に拍車がかかり、災害時や停電時に高層階の住民の避難や経年劣化による維持費や解体費の問題等が議論されても無視され、各地で駅周辺が再開発で随分雰囲気が変わり、高層住宅が増えてきたが、高層住宅前に高層建築が建ち、工事していたという例や「私たちからお日様を奪わないで!」という立て看板まで立つ程おかしなこともあり、イギリスでは集合住宅を税金で順次解体をし、新たな集合住宅建設を禁止しているが、日本は逆に急速な高齢化でもイギリスの集合住宅を税金で順次解体しており、新たに集合住宅の建設を禁止しているという例に気付かぬことを藻谷浩介氏が指摘。高層建築は電波障害やビル風、転落事故等も起こし、危険性も高く、鳥の生活権を奪い、災害時の避難に時間かかり、震災時にはエレベーターが止まるため高層階まで階段で上る必要があり、高層階だと窓を開けられずに洗濯物が干せなかったり、朝ならエレベーター待ちができたり、免震構造になっているマンションなら横揺れに効果あるが、縦揺れにはない場合が多く、強風時での地震では大きな揺れになることがあり、高価である等の問題が完全無視され、住環境や景観を壊すのに新たなる建築をあまりに容認しすぎ。千葉県では市川市等、東京郊外でまだまだ発展が必要な地域が多いのにである。


東京都荒川区西日暮里では富士見坂が正真正銘の富士見坂でなくなろうとしており、東京の熱が海風で荒川に沿って埼玉県熊谷市へ持って行かれ、熱中症患者や死者が増えたこともあり、東京都心以外でビル空室率が上昇する最大の原因は高層建築の過剰供給で、先進国との比較では日本は問題。規制が弱いという意見もあるが、皆無と言ってよく、他国で高層建築増加を疑問視する声が出ながら日本では少ないから問題は問題としないといけないし、日照権も無視できない。汐留が貨物駅だった頃は海からの風で都心が冷やされたが、現在は高層建築が壁になっているという問題が指摘されながらまだまだ再開発され、「東京にこれ以上に高層建築を造るな」とか「高層建築より緑地を」と訴えていきたい。昭和の情緒あふれる町並みを壊し、無機質なコンクリートの塊で町が作られ、宅地造成と称して山を削り、整地して建て売りを作ることは止められない時代の流れかもしれないが、昭和の情緒あふれる町並みを壊し、無機質なコンクリートの塊で町が作られ、宅地造成と称して山を削り、整地して建て売りを造って自然を壊していくと何か大きなしっぺ返しが来るし、人類は自然の恩恵を受けて生きてきたことを再考して自分たちの行動の改善が必要。


「鳩ヶ谷」の地名の明確な由来は解明されていないが、鳩ヶ谷の地名の「谷」については大宮台地の斜面に食い込む谷が多い地形が由来で、「鳩」については平安時代の「和名抄」という史料に武蔵国足立郡発度郷という地名があり、この発度郷をハト郷かハット郷と読んでいたとする説があり、台地の先端部すなわち端(ハシ)という音がハトに転訛したという説や窪地の意味を表す「ホット」が訛って鳩になり、周りが谷状になっているため「谷」が付け足されたとされる説などもある。


鳩ヶ谷市は北足立郡鳩ヶ谷町時代の昭和15年に北足立郡新郷村、神根村、芝村と共に当時の国策によって強制的に川口市へ編入合併されたが、第二次大戦敗戦後の昭和25年に再度当時の旧鳩ヶ谷町域の住民の民意により住民投票で川口市から分離し、鳩ヶ谷町を再建。これで川口市への残留を決定していた旧新郷村域が川口の飛地に。この飛地は昭和31年に北足立郡安行村が川口市への編入合併で解消しているが、その結果として南側の一部が東京都足立区に接する以外は周囲一帯を川口市に囲まれる形に。それ故に、皮肉にも後になって住民が川口市への復帰を望む声が多発したが、合併話は紆余曲折があり、推進派と慎重・反対派の両者が10年以上も拮抗しあうこともあった。


晩年の鳩ヶ谷市は人口約6万人。大宮台地の最南端にあたり、廃止時点での面積は日本の市の中で蕨市に次いで2番目に小さかった。


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